福岡高等裁判所 昭和40年(行ケ)7号 判決 1966年2月22日
原告 福岡高等検察庁検察官
被告 川本嘉一郎
主文
昭和四〇年九月一九日施行の熊本県宇土郡不知火町議会議員一般選挙における被告の当選を無効とする。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告は、主文同旨の判決を求め、請求原因として次のように述べた。
一、被告は、昭和四〇年九月一九日施行の熊本県宇土郡不知火町議会議員一般選挙に立候補して当選し、同町選挙管理委員会より公職選挙法第一〇一条第二項によりその旨告示され、現に同町議会議員として在職中である。
二、右選挙において、訴外田口義雄は昭和四〇年九月一二日被告の選任届出によりその出納責任者となつたものである。
三、右田口義雄は、被告に当選を得しめる目的をもつて、昭和四〇年九月一七日頃、熊本県字土郡不知火町大字松合字和田一八六一番地の自宅において、右選挙の選挙人である浦本義隆に対し、被告のための投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬等として現金一〇〇〇円を供与して、公職選挙法第二二一条第一項第一号、第三項第三号の罪を犯し、他の同法違反事件の罪と併せ審議を受け、昭和四〇年一一月二〇日熊本地方裁判所において懲役四月五年間執行猶予の判決の言渡を受け、右判決は同年一二月五日確定した。
四、よつて、原告は、公職選挙法第二五一条の二第一項第二号により、被告の前記当選は無効であると認めるので、同法第二一一条第一項により主文同旨の判決を求める。
被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対し次のように答弁した。
第一、二項の事実を認める。
第三項中、「被告に当選を得しめる目的をもつて、」との点および「被告のための投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬等として」との点を否認する。その余の点は認める。したがつて、田口義雄は公職選挙法第二二一条第一項第一号、第三項第三号の罪を犯したことにならず、被告の当選は無効とはならない。
浦本義隆は田口義雄の娘の夫であり、また、被告の姪の夫である。このような近親者間において被告のための投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動を報酬まで出して依頼することは常職上首肯し難いことである。報酬を出して依頼するまでもなく、義隆自ら進んで運動する間柄である。田口義雄が浦本義隆に一〇〇〇円を与えたことは事実であるが、これは、娘婿である浦本義隆が毎日被告の選挙のため働いていたので、田口義雄は浦本に対し煙草銭として与えたものである。
(証拠省略)
理由
請求原因第一、二項の事実並びに第三項中、田口義雄が原告主張の罪を犯したものとして原告主張の有罪判決を受け、右判決が原告主張の日に確定したことは当事者間に争いがないが、田口義雄が原告主張の罪を犯したことは被告の否認するところである。
しかしながら、成立に争いない甲第一、二号証によれば、田口義雄が原告主張の罪を犯したものであることは、右罪の被告事件の判決において確定するところである。公職選挙法第二五一条の二の規定は、当選人と同条所定の関係にある者が同条に掲げる罪を犯し刑に処せられたときは、その当選人の当選は無効とする旨定めている。そして、この規定は、有罪判決確定の場合は当該当選を当然に無効とする趣旨と解されるから、犯罪の成否自体については、刑事裁判において確定されたところをもつて公権の最終的判断とすべきであり、右規定の「罪を犯し刑に処せられた」という文言を「罪を犯し」と「刑に処せられた」とに分解し、前者すなわち罪を犯したことを同法第二一一条の規定による当選無効訴訟において被告が争いうるものと解すべきではない。したがつて、当選無効訴訟において、受訴裁判所は「罪を犯した」との点については刑事裁判に拘束され、当該犯罪の成否について審理判断すべきではないと解する。かようなわけで、原告主張の犯罪の成立は、被告の争うところであるけれども、刑事裁判において確定するところであるから、原告の主張は理由があるものといわねばならない。
よつて、本訴請求を認容し、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 池畑祐治 佐藤秀 石川良雄)